考察の歩み

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21 March 2008 — sabellotti

どれだけ多くの人が現在の社会に不満を抱いていることだろう。

また、どれだけ多くの人がより良い未来への希望を捨ててしまっていることだろう。

だが、昨今の歴史は教えている。社会の大いなる進歩は可能であり、それどころか人々のあいだに速やかに広がりうるものだということを。

その最も顕著な例に女性の社会進出がある。今日の欧米諸国では性差別的な法律は想像すらできないものとなっているが、私たちの祖父の年代まで女性には財産権も選挙権もなかった。

私たちの多くは飛躍的な科学技術の進歩を疑うことがない。だというのに、社会が更なる進歩を遂げる可能性を信じることができないのはなぜだろう。

もはや信じるに足る価値がないというのは本当だろうか。よりによってこの民主主義の時代に、人々があきらめの感情に包まれているのはどうしてなのだろうか。

その原因は人類の持って生れた性質にあるのだろうか。それとも、文化的伝統にあるのだろうか。

現在の情況から抜け出すことは可能だ、私たちはそう考えている。ただし、そのためには変化が必要だ。より正確には、ある種の文化的な適応が必要なのだ。本当により優れた新たな進歩の概念、市民のニーズを真摯に尊重する新たな民主主義の概念、誰もが管理することのできる新たな情報の概念へと結びつく適応だ。

こうした変化をもたらすためには、私たちの世界観を根底から見直す必要がある。私たちの価値観、問題のとらえ方を、最新の科学知識を最大限に利用しながら見直さなければならない。

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